天使工房BLOG
和泉の生存確認日記。 現在、更新停滞中。
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城と神社仏閣,歴史堪能ツアー #2
なんだかブログ更新が極端ですみません。
一ヶ月放置後に同日3回更新とか・・・
さて、比叡山延暦寺の続きです~
比叡山延暦寺は三地域に分かれていて、三塔十六谷の総称なのだそうです!
ドデカイお寺があるだけかと思ったらちがうんですねえ、吃驚。
三地域は東塔、西塔、横川とありまして、それぞれ車で五分ほど離れております。
ドライブウェイ経由でよかった~
東塔から横川まで徒歩で行ったら一時間半もかかるんだって!
ではこの三地域の特徴でも~
東塔(とうとう)
上:根本中堂(国宝)
下:大講堂(重要文化財)
東塔は三塔の中心で、延暦寺発祥の地。
上記写真以外に重要な建物(堂塔)が集まっています。
中でも国宝・根本中堂には「不滅の法灯」といって、開創以来1200年間絶やすことなく灯り続ける灯があるのだそうです。
今でも毎日、息がかからないようにマスクをして、菜種油を注いで灯を守っているとのお話。気をぬくと灯が消えてしまうことから、「油断」という言葉ができたんだって。
1200年って西暦800年ごろから。すごい話です。
ここで戦国好きなら疑問が出るでしょう。
信長に焼き討ちされたために、灯は一度途切れたのではないか?
現に現存するこの根本中堂は1642年に竣工されたもの、らしい。
この疑問はお坊さんの説明で解決されました。
焼き討ち以前に、法灯を他のお堂に分堂していたため、再建時にその分堂から再び持ち帰ったのだそうです。
御本尊は薬師如来。現在をつかさどっているのだ言います。
ご利益は家内安全、身体健康、病気平癒など。
西塔(さいとう)
釈迦堂(重要文化財)
西塔は比叡山最古の建物釈迦堂を中心に他のお堂が点在しています。
釈迦堂は焼き討ち後に秀吉が移築したもの。
なんでも弁慶ゆかりの地で、弁慶は延暦寺のお坊さんだったそうです。
西塔の武蔵坊に住んでいたことから、西塔武蔵坊弁慶と名乗っていたんですって。
西塔の御本尊は釈迦如来。過去をつかさどっているのだと言います。
ご利益は厄難消除。
横川(よこかわ)
上:横川中堂
下:角大師
横川の中心はこの横川中堂。
昭和17年に落雷で全焼したらしく、現存は昭和46年に復元したお堂。
横川は多くの名僧たちが修行に入った地なのだそうです。
そのためか横川はもっとも強烈な霊域だったらしい。
中でも横川に居住していた慈恵大師という方は、流行していた疫病(疫病神)を法力で退散させたのだといわれている。この時鏡の前で念仏を唱えていた大師の姿が、骨ばかりの鬼(夜叉)の姿に変わり、その姿を弟子が描き写した姿が写真右の角大師(つのだいし)らしい。その後この角大師をお札にして、「戸口に貼れば、厄病はもとより一切の厄災から逃れられる」と示したのだそう。
以後、「角大師」は魔よけの護符として現在もご利益があるんだって。
今回この護符は買ってきていないのだけど、護符として戸口に貼られていたのを確認してきました!(写真は撮ったけど戸口を勝手に撮ってきたものなので割愛)
それから、横川にある四季講堂(元三大師堂)は御神籤の元祖。
でもねここの御神籤、軽はずみにひいてはいけないんです。
なぜなら「必ず結果に従わなければならない」から。
詰めていたお坊さんに、「あの、御神籤を・・・」と聞いたら、御神籤の注意書きを示されました。
その雰囲気だけで萎縮。なのでひいてきませんでした。
(一回1000円の値段もあるのだけど)
本当に、人生の道に迷ったときに引くべきものらしいです。
横川の御本尊は観音菩薩。未来をつかさどっているのだと言います。
ご利益は除災招福。
比叡山の国宝殿にも入館してきて、国宝・重要文化財をみてきました。
歴史の教科書・資料集に載っている収蔵品ばかりだと思うのだけど、日本史学んでなかったために勉強不足。残念。
パンフレットは五種類、あるだけもらってきました。
お土産に延暦寺が編纂・発行した本『比叡山 その歴史と文化を訪ねて』を購入。歴史、教えと修行、文学、伝説、文化財、年中行事、巡拝の仕方について書かれていて、概説書としての役割を果たしている本でした。読むのが楽しみ★
一ヶ月放置後に同日3回更新とか・・・
さて、比叡山延暦寺の続きです~
比叡山延暦寺は三地域に分かれていて、三塔十六谷の総称なのだそうです!
ドデカイお寺があるだけかと思ったらちがうんですねえ、吃驚。
三地域は東塔、西塔、横川とありまして、それぞれ車で五分ほど離れております。
ドライブウェイ経由でよかった~
東塔から横川まで徒歩で行ったら一時間半もかかるんだって!
ではこの三地域の特徴でも~
東塔(とうとう)
上:根本中堂(国宝)
下:大講堂(重要文化財)
東塔は三塔の中心で、延暦寺発祥の地。
上記写真以外に重要な建物(堂塔)が集まっています。
中でも国宝・根本中堂には「不滅の法灯」といって、開創以来1200年間絶やすことなく灯り続ける灯があるのだそうです。
今でも毎日、息がかからないようにマスクをして、菜種油を注いで灯を守っているとのお話。気をぬくと灯が消えてしまうことから、「油断」という言葉ができたんだって。
1200年って西暦800年ごろから。すごい話です。
ここで戦国好きなら疑問が出るでしょう。
信長に焼き討ちされたために、灯は一度途切れたのではないか?
現に現存するこの根本中堂は1642年に竣工されたもの、らしい。
この疑問はお坊さんの説明で解決されました。
焼き討ち以前に、法灯を他のお堂に分堂していたため、再建時にその分堂から再び持ち帰ったのだそうです。
御本尊は薬師如来。現在をつかさどっているのだ言います。
ご利益は家内安全、身体健康、病気平癒など。
西塔(さいとう)
釈迦堂(重要文化財)
西塔は比叡山最古の建物釈迦堂を中心に他のお堂が点在しています。
釈迦堂は焼き討ち後に秀吉が移築したもの。
なんでも弁慶ゆかりの地で、弁慶は延暦寺のお坊さんだったそうです。
西塔の武蔵坊に住んでいたことから、西塔武蔵坊弁慶と名乗っていたんですって。
西塔の御本尊は釈迦如来。過去をつかさどっているのだと言います。
ご利益は厄難消除。
横川(よこかわ)
上:横川中堂
下:角大師
横川の中心はこの横川中堂。
昭和17年に落雷で全焼したらしく、現存は昭和46年に復元したお堂。
横川は多くの名僧たちが修行に入った地なのだそうです。
そのためか横川はもっとも強烈な霊域だったらしい。
中でも横川に居住していた慈恵大師という方は、流行していた疫病(疫病神)を法力で退散させたのだといわれている。この時鏡の前で念仏を唱えていた大師の姿が、骨ばかりの鬼(夜叉)の姿に変わり、その姿を弟子が描き写した姿が写真右の角大師(つのだいし)らしい。その後この角大師をお札にして、「戸口に貼れば、厄病はもとより一切の厄災から逃れられる」と示したのだそう。
以後、「角大師」は魔よけの護符として現在もご利益があるんだって。
今回この護符は買ってきていないのだけど、護符として戸口に貼られていたのを確認してきました!(写真は撮ったけど戸口を勝手に撮ってきたものなので割愛)
それから、横川にある四季講堂(元三大師堂)は御神籤の元祖。
でもねここの御神籤、軽はずみにひいてはいけないんです。
なぜなら「必ず結果に従わなければならない」から。
詰めていたお坊さんに、「あの、御神籤を・・・」と聞いたら、御神籤の注意書きを示されました。
その雰囲気だけで萎縮。なのでひいてきませんでした。
(一回1000円の値段もあるのだけど)
本当に、人生の道に迷ったときに引くべきものらしいです。
横川の御本尊は観音菩薩。未来をつかさどっているのだと言います。
ご利益は除災招福。
比叡山の国宝殿にも入館してきて、国宝・重要文化財をみてきました。
歴史の教科書・資料集に載っている収蔵品ばかりだと思うのだけど、日本史学んでなかったために勉強不足。残念。
パンフレットは五種類、あるだけもらってきました。
お土産に延暦寺が編纂・発行した本『比叡山 その歴史と文化を訪ねて』を購入。歴史、教えと修行、文学、伝説、文化財、年中行事、巡拝の仕方について書かれていて、概説書としての役割を果たしている本でした。読むのが楽しみ★
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